儚く、時代と共に生きる踊り | 「霧と斜面の隙間風」出演者座談会

儚く、時代と共に生きる踊り

「霧と斜面の隙間風」出演者座談会

2026年3月20日(金)から22日(日)に東京・吉祥寺シアターで行われる、
小暮香帆の新作公演『霧と斜面の隙間風 / inner silence』。
バックグラウンドが多様な5人の出演者は、どのような想いを抱えて踊るのか。
リハーサルが再始動した2月、小暮香帆、石川朝日、モテギミユ、黒田健太、倉田翠による座談会を実施。
それぞれの踊りに対する姿勢や自身の課題など、幅広く語ってもらった。

2026年3月20日(金)から22日(日)に東京・吉祥寺シアターで行われる、
小暮香帆の新作公演『霧と斜面の隙間風 / inner silence』。
バックグラウンドが多様な5人の出演者は、どのような想いを抱えて踊るのか。
リハーサルが再始動した2月、
小暮香帆、石川朝日、モテギミユ、黒田健太、倉田翠による座談会を実施。
それぞれの踊りに対する姿勢や自身の課題など、幅広く語ってもらった。

2026年3月20日(金)から22日(日)に
東京・吉祥寺シアターで行われる、
小暮香帆の新作公演
『霧と斜面の隙間風 / inner silence』。

バックグラウンドが多様な5人の出演者は、
どのような想いを抱えて踊るのか。

リハーサルが再始動した2月、
小暮香帆、石川朝日、モテギミユ、
黒田健太、倉田翠
による座談会を実施。

それぞれの踊りに対する姿勢や自身の課題など、
幅広く語ってもらった。

それぞれの踊り、それぞれの課題

── まずは皆さんの自己紹介をお願いします。

小暮香帆(以降、小暮) 本公演を主催しているダンサー・振付家の小暮香帆です。幼少期から踊りを習い始め、気付けば今年で30年となりました。今回、3年ぶりの自主公演を企画しまして、東京で一番ダンスが見やすい劇場のひとつだと思う吉祥寺シアターを会場に選んだり、グループ作品とソロの2本立てにしたりと、初めての試みにも挑戦しています。

石川朝日(以降、石川) 石川朝日です。俳優と名乗っていますが、ありがたいことにダンスの作品に出演することも多いですね。ダンスのアカデミックな教育を受けたことはありませんが、多摩美術大学の在学中に野田秀樹や勅使川原三郎の講義を受けたり、フランスでの留学中にパントマイムをベースにした学校にいて、20代前半は特に身体からのアプローチで演技していこうという気概はありました。今はその延長として、作品によって全く異なる「演劇やダンスに共通するもの」と「共通していないもの」が一体何なのかを考えながら、作品に参加しています。

モテギミユ(以降、モテギ) モテギミユです。幼少期にクラシックバレエを始めて、高校卒業後にドイツのバレエ学校に留学したり、ハンガリーのダンスカンパニーに1シーズンほどいたこともありました。ずっとバレリーナを目指していたのですが、気づけば床を転がる授業の方が楽しくなり、そのままコンテンポラリーダンスの道を歩んでいます。作品を作ることもありますが、主にダンサーとしてコンテンポラリーダンスに関わっています。

黒田健太(以降、黒田) 京都を拠点に活動している、ダンサーの黒田健太です。バックグラウンドとしては、ダンスのほかに格闘技や武術なども経由しています。僕はすごく影響を受けやすいところがありまして。身近にいる人の考えや、そのときにいいなと思った人によって見える景色が大きく変わってくるんです。今年の6月から愛媛で一般企業に就職予定なのですが、その中でダンスの魂をどう失わないかが、今の関心事項です。

倉田翠(以降、倉田) 同じく京都から来ました、倉田翠です。私は自分の職業を「演出家・ダンサー」と書くようにしています。「演出家」が先に来る理由は、作品を手がけることが仕事だと思っているためですね。私は3歳でクラシックバレエを始めて、振り付けに合わせて上手に美しく踊ることが踊りだと思ってきたんです。でも大学時代、コンテンポラリーダンサーの山田せつ子さんに「ダンサーみたいに歩くな」と言われたことに衝撃を受けて。それ以来、「用意されたダンスではなく、私が踊り出すとは何か」ということを考えてきました。その答えは自分の中ではなく「他者に対して私がどうあったか」から見つけるしかないと思っていて。異業種の方や薬物依存症リハビリ施設の方、認知症の方、刑務所の方など、さまざまな人と作品を作るという試みをしています。

── 小暮さんはそれぞれの方の踊りの印象をどう捉えていますか?

小暮 まず朝日君は、ずば抜けて勘がいい。私がイメージするビジョンや動きをいち早く形にして、さらに増幅させてくれるんです。振り付けを覚える早さとはまた違った能力といえますね。また、身体を動かすことに臆病にならず、とりあえずやってみるという、“飛び込み”の早さによっても、チームにいい風を吹かせてくれています。
次に、ミユちゃんはテンポ感が独特なんです。滑らかな“重さ”と“速度”を持っていて、一目見て「何かが違う」と分かる。それに加えて確かなテクニックを持っているから、ブラックホールのような底知れない馬鹿力(笑)がある人です。また、色々な方の作品にダンサーとして出ているからか、全体のバランスを把握する能力にも優れていて。クリエーションの土台を支える役割を担ってくれていますね。

── 黒田さんは今回から初参加です。小暮さんはどのような経緯でお声がけしたのでしょうか?

小暮 2022年の東京芸術祭で上演された(倉田)翠さんの『捌く-Sabaku』という作品にくろけん(黒田さん)が出演していたんですよ。そのときに、舞台上で1人だけ浮遊して見えたんですよね。身体の強度がある中で、軽やかさも感じる。抜けがあるけれど、技術もしっかり伴っている。そんなバランス感のあるプレイヤーはなかなか日本にいないので、このタイミングでお声がけした形です。チームに加わってからは、前から出演してくれてたんじゃないかと思うくらい、馴染むスピードが速くてすごいです。

倉田 私から補足すると、『捌く-Sabaku』には舞台上に男性がいっぱい出てくるんですよ。その中でいかに消えずに立つかということが主題だったのですが、彼は街で出会った人の身体をコピーしていたんです。本人が「影響を受けやすい」と話していた通り、その「色々なものが自分の身体を通り抜けていく」という状態がもはやくろけん自身の身体として成立していると思いますね。

── 倉田さんの踊りはどうですか?

小暮 「繊細かつ賢明で、本当の優しさを持つ人」と言いますか。ご自身で次々に作品を作り、まつもと市民芸術館の芸術監督も務め活動に突き進んでいる。本当にストイックで多忙な人ですね。出会ったのはコロナ禍の直前ですけど、一生涯ダンスをする覚悟を感じる人です。外部のあらゆるものから解放されて、本当に翠さんだけの身体になったら、一体どうなるのだろう? という興味があったのも、今回お誘いした一つの理由です。

倉田 初めて会ったのは横浜で開催されたホットポットという企画で小暮さんはソロ、私は『家族写真』という大所帯の作品の時ですね。クリエーションを「身体」と「頭」で分けるとすると、私は「頭」から、小暮さんは「身体」から作品作りをしていると思うんです。でも、身体と頭は切り離せるものではないから、始点が違ってもどこかで手を繋ぐことができると思っている。私と小暮さんも作家性もアプローチも全く違う中で、「逆に分かる部分もあり」などと面白がりながら参加させてもらっています。

「霧と斜面の隙間風」ができるまで

── 2024年には本公演の前段となるリサーチショーイングが行われ、石川さん、モテギさん、倉田さんが参加しました。その時の感想を教えてください。

倉田  今回のリハもそうですが、私はあんまり踊っている意識がないですね。オーソドックスなダンスは手脚をシャシャっと動かすだけで、語弊を恐れずに言えば簡単なんです。でも香帆ちゃんのときは「腕をどこまで引いて……」「脚をどれくらい開いて……」とずっと集中している感覚に近い。そんな風に身体に意識を傾けることが、私を解放させてくれる側面もあって。“緊張感のある自由”みたいな感覚を味わっていましたね。その一方で、最初からバーンと自由になることができない。そんな自分を俯瞰して「怖がりだな」と思ったりもしました。

小暮  そうだよね。その難しさ、とてもわかる。

石川  リサーチショーイングを終えてから、僕は少しもやもやしていたんです。理由は分からないけれど、うまくいかなかったような感覚があって。

モテギ その感覚は私も分かります。リサーチショーイングはクリエーション期間が短かったので、香帆さんの動きを“試着”するような感覚があって。「ここのほつれを直そう」「ここにステッチを入れよう」などと香帆さんと相談して、自分の身体に馴染んできたところで2、3日着たら返してしまったようなイメージです。お客さんに提示はできたけれど、ダンスを立ち上げたような感覚が自分の中では薄かったです。

── 今回の公演のお話も伺いたいです。そもそも「霧と斜面の隙間風」はどのようなプロセスで作られているのでしょうか?

小暮  大まかに分けて2つの方法があります。ひとつはオーソドックスな振付。シンプルに私の動きを覚えてもらうことですね。もうひとつは、私が提案したルールやイメージを提案して、それをもとに、それぞれの解釈で動きや言葉、存在そのものを探ってもらう方法。トライアンドエラーを繰り返して、即興も交えながら動きをフィックスしていきます。本番で舞台に立つときも、踊りを続けている感覚はありますね。
他にもいろいろなやり方があります。振付や演出に関しても作家が一方向で渡すことにならないように、出演者からの応答やリアクションも大事に、コミュニケーションを取りながら進めています。そこからストーリーを繋げていく。他の人に考えてもらって、また別の人に……という工程を順番に行うこともありますね。そうして動きのシーンが複数できたら、ストーリーを繋げていくような流れです。

黒田  2025年の8月末から9月にかけて3日間のプレ稽古があって、その後に小暮さんから宿題をもらったんです。1つ目は自分の印象的な記憶を送ること。2つ目は“霧のダンス”を踊るということでした。僕の場合は、小暮さんが兵庫県の六甲山の山奥で踊っている動画で、この振り付けをちょっとやってみてほしいと。僕があまりやったことのない不思議な踊りで、“霧”というには動作が直線的なんですよね。それを近所の川で練習していたら、だんだんと恥ずかしさや余計な意識のない身体になっていく感覚があって。それが今回のクリエーションで印象的でした。

倉田  不思議な動きでも香帆ちゃんがやると成立するんですよね。ただ真似をするだけでは、同じようにはならない。なぜこの身体にはここまでの説得力があるのだろう、と思います。そういえば「霧と斜面の隙間風」というタイトルは一見すると抽象的なものに感じられますが、実はそんなことはないんですよね。リハでは具体的なことをずっとやっている。でも香帆ちゃんの踊りを見ると抽象的な印象を受けるのが面白い。そこにギャップがありますね。

踊りとは、形には残らない”なまもの”

── リハーサルがこれから本格的に始動しますが、どのような気分で臨んでいますか?

石川  このインタビュー中に、リサーチショーイングで感じたもやもやと、ここ2年くらいで自分が直面している問題を紐づけて考えていたら、この作品で自分が取り組みたいことが少し言語化できました。それはダンス(作品)の中での「演技」について。「この空間に“いる”とはどういうことか」ということなのかもしれないです。これは僕が俳優だから思うということは大いにありますが、香帆さんのダンスは、すごくいい演技をしている状態に見えるんです。見ていて非常に勉強になりますね。だから俳優としても、いい演技のことをもっと考えられるのではないかと思っています。

モテギ 「クラシックバレエ」「ジャズダンス」のように名前がついているダンスは“名詞のダンス”だと思うんです。その一方で、日常生活の中でふと「これはダンスかも?」「これはダンスをしているときの感覚だ」と感じるときのような“動詞のダンス”もあると思っていて。「なんとかダンスです」「なんとかスタイルです」と名前がつけられていたり、約束事や流れがあっても、ダンス自体は毎回立ち上げないといけない。その意味で、ダンスは常に進行形の動詞という感覚があります。今回は香帆さんから渡されたものを一旦出力して、そこからこの個性的なメンバーで動詞のダンスをどう緻密に立ち上げていけるかを考えていきたいです。

小暮  コンテンポラリーダンスというものは今の時代と共にあるものだと思っているんです。実はリサーチショーイングのときは、作品を発表するのでなく、ただ“一緒につくりたい”を目的にしていて。今回の公演は偶然なのか閃きなのか運命なのか、必然性がやってきたので今こうやってダンス作品をつくっている。それが本番を迎えることで大きなダンスの歴史の中のひとつの塵というか、瞬間として存在してくれたらいいなと思っています。ダンスとは見えていないものにも触れられる芸術だと思っていて。形には残らない奇跡のような儚い”なまもの”を、劇場の空間でお披露目したいと思います。

倉田  振り付けがある中で同時にそこから自由になったり、動きが決まっていない中で自分の道筋を見出したり。今まさに私はそういうことを探っていて、これからのリハを通して形にしていくのだなと思います。それと同時に、小暮さんがやっていることは自己表現ではないとも。劇場で目の当たりにした人に、自分ごととしてもキャッチしてもらえたら嬉しいです。

小暮  今回のグループ作品「霧と斜面の隙間風」ではそれぞれが自立的であってほしいんですね。私は人の作品に出るときとソロ、ミュージシャンなど他分野の人と即興でやるときでは、全部違うモードで臨んでいて。その中でも、自分がダンサーとして人の作品に出演しているときは、いっぱいアウトプットして差し出している一方でインプットもしてるんですよ。今回はみんなにもたくさんインプットして、それぞれの表現活動のエネルギーとして持ち帰ってほしい。そういうことが次の未来への原動力につながっていくと願っています。

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